『紅葉の中を歩く』  暦における夏という季節があけた。  ついこの間までは客は大体が半袖を着ていたのだが、それも見なくなり、いつしか葉までもが色を変える季節にまでなっていた。  ふむ、こうして思い返せば一瞬なのだが、これからを考えると途方も無い時間と感じるのは何故なのだろうか。  僕は、何をしていただろうか? 「鈴仙君」 「えっ? あ、はい」 「夏の間、僕は今日まで何をしていただろうか」  僕の隣を行く人物……妖怪……いや、幻想郷縁起では妖獣に分類されていたか。  まあどうでもいい。 「……はぁ」  この人はまた何を言い出すのか? と言いたそうな目で返された。  無理も無いか。というかその目でそのまま見ないでくれ 「なんですか店主さん、ついに脳にも苔が生えましたか?」 「……脳『にも』とはどういうことだい?」 「そのままの意味ですよ」 「まぁ、いつものように店で本を延々と読んで過ごす生活を過ごしていれば覚えてないでしょうね」 「失礼な、無縁塚に弔いにも行ったしこうして君たちの依頼の品も作ったではないか」 「……私が迎えに行くまで期日を忘れて本を読みふけっていた人の台詞ですかそれは?」 「秋だからな」 「秋とどう関係があるんですか?」 「読書の秋」  ため息を吐かれてしまった。  ふむ、読書が以下に素晴らしいものかはこの娘には説明すべきか。 「いいかい鈴仙君。本とは知識の塊だ。つまり読書とは……」 「人によって秋はそれぞれ違うんですよ。食欲とか勉強とか」 「……人の話をさえぎらないでくれないか」  まあいつものことだが、これをいつものことと認識し、慣れてしまった僕はそろそろ態度を改めるべきだろうか…… 「しかし店主さんはいつも読書をしているではないですか。 読書は一年中出来ますよ」 「それだったら食事や勉強も季節を問わず出来るのではないかい?」 「た、確かにそうですが……」  どうやら上手く言い返せないらしく、こちらを見ながら唸っている。  どうだ鈴仙君、これが読書量の差さ。 「しかし、今が暑さも一段落して読書に適した季節になったと言うのが一番の理由だな。  秋という季節であることはそれほど重要でもないのさ」 「店主さん、あなたは読書以外の楽しみはないのですか?」 「だから僕は色々と作っているではないか、それに僕の店も趣味を反映しているともいえる」 「このように、色づいていく木を見て何か思いませんか?」 「秋だなと思うが、それが何か?」 「はぁ……もういいです」  僕たちは永遠亭へ向かい話をしながら歩いていく。  左右を見渡せば、確かに赤や黄色で衣替えした木々が今が旬とばかりに己を主張している。  本当に秋なわけで…… 「こんなときに読書しないのはもったいないな……帰るか」 「本読み妖怪」 「あの娘といっしょにしないでくれ。 そもそもこんな良い秋に読書しないのはもったいない」 「だからってここまで来て帰らなくとも」  僕としては本の続きの内容の方が重要なのだが。  まあそんなことはどうでもいいとして、しかし気になることがある。 「鈴仙君、聞きたいことがあるのだが」  なに? と、言いたげにこっちを向いた。 「何で僕は永遠亭まで行かねばならないんだい? 君一人なら空を飛んで行けるし早いではないか」 「え、それは―――」  無理やり連れ出されたが僕が同行して八意女史に直接代金を貰う。   そんなことより彼女がその場で代金を払えば済む話のはずなのだが。  なので、僕は帰って本の続きを楽しみつつ代金を持ってくるのを待つことができるはずなのだ。  しかし、問題が一つ。  僕の隣に居る鈴仙君である。  何度考えても僕が同行する理由が見当たらない。  だから、こうして理由を聞いてみた。 「……それは、なんだい?」  この言葉の先が、当然だが今一番気になっているわけだ。 「それは、どうしてだと思いますか?」 「質問に質問で返さないでくれないかい。 聞いたのは僕だ」 「では、質問に答えるので店主さんも答えてください」 「なんでだ……まあいいだろう。 で、なんだい?」  何故にたった一つ聞くのにこれほどの時間が掛かるのだろうか…… 「ひみつ、ですかね」 「……君、それは答えのつもりかい?」  散々引っ張って答えではない回答が帰ってきた。  八意女史はこの娘に何を教えているんだろうか。 「まぁ私のことはいいでしょう」 「僕のことなのだが、貴重な読書の時間を消費しているんだぞ僕は」 「まぁまぁ。 それより、どうして連れて来たのだと思いますか?」 「それを聞きたいのは僕だ。 知っているわけが無いだろう」 「ですから、ひみつです」  すでに質問は意味を失くしていた。  ……と言うか、全くもって答える気がないらしいなこの娘は。  なんで僕の周りはこんな感じの娘ばかりなのだろうか。 「そんな事より、です。  せっかくこうして紅葉に囲まれているんです。  ですから、いつまでもこうして止まってないで歩きましょうよ」 「はぁ……」 「ほら、行きましょう」  そう言って、スタスタと先に歩いていかれてしまった。  なんか腑に落ちない。  何故こうなっているのかも飲み込めない。    ……考えるだけ無駄だな、歩こう。えぇ歩くとも。  木々の門というか、木の葉の洞窟と言うか。  香霖堂から人里へ向かう途中には、森とは言えないものの、それなりの数の木が植わっている。  そのため、上を見上げれば、紅く染まった葉が日に当たり輝いている。  なんと言うか、この時期が一番合っている気がする。  なんとも良い趣がある。 「いつ来てもここは良いですね」 「そうだね」 「薬の関係で何度もここを往復していますが、飽きません。  木以外何もないというのに」 「夏になっても、ここはそれほど不快にはならないな。  普通は虫だらけになるはずなのだが、なぜか蝉の声もそれほど聞こえない」 「どこか、不思議な空間というのでしょうかね?」 「そうかもしれないな」  確かに、不思議な場所だ。  気くらいしか見るものがないのに、飽きない。  僕は人里方面には滅多に行こうとしないが、ふと偶には来るのだ。  ここには、言葉では表現しにくい『何か』があるのかもしれないな。 「しかし、何ですね」 「どうしたんだい?」 「何度も来たくはなりますが、他の人はあまり見かけませんね」 「……君たち、ここは人を取って食べる妖怪も出現することもある場所なのだよ。  人間はそう滅多には来ないよ。  それに、妖怪の多くは空を飛べるしね」 「そうでした。  しかしそうなると、本当にここは静かですね」 「そういえば、ここに居て上空を通り過ぎる妖怪も見たことが無いな……」 「……本当にどんな立地に店を構えてるんですか……」  やはり不思議な場所だ。  しかしまぁ。 「こういう場所だからこそ、静かなのは歓迎だね」 「ですね。  うるさかったら雰囲気ぶち壊しですよね」  紅葉の洞窟を誰一人と会うことなく、二人並んで歩いていく。  ……途中紅白の影が見えた気がするが何も見なかったことにする。  帰りに茶葉を買って帰ろう、きっと無くなっている。  茶菓子も買って……いや、どうせすぐ奪われるからやめておくか。  そうして、人里が見えてきた。 「店主さん」 「なんだい?」 「あっちから行きましょ」  そういって指差したのは、人里を大きく迂回することになる方角。  特に用事も無いので行った事が無い道だ。 「そっちは遠回りにならないかい?  それに僕は今頃消費されているであろう茶葉の補給をしたいのだが」 「いいからこっち行きましょう」 「だから僕は早く帰って本を読みたいんだって」    僕は人里の茶葉を購入だけではなく、本も見て行きたいのだ。  無理やりとはいえ、せっかく人里に来たのだ、せめてそれくらいは……  それくらいは……ちょっとまて 「……鈴仙君、何で僕は遠回りしてるんだい?」 「自分で歩いていったではないですか」  狂気を操る程度の能力、だったか。  ……なんで僕はいつもこうなるのだろうか。  出来れば、さっきの紅白もこの能力の影響で見えたものだと信じたい、信じさせてくれ。  人里を迂回する道、木の姿も途中から見えなくなり、そして少し高い丘と言った感じの場所に出た。  稗田亭や霧雨の親父さんの店が見える。  それにあれは半獣の少女がやっているという寺子屋だろうか。  そしてそのさらに先には永遠亭のある竹林もある。  空を飛べない僕としては、このように見たのは初めてだ。  新たな一面を発見と言ったところか。 「店主さん」 「なんだい?」 「さっきの質問ですが」 「……質問?」  そう言われて、すぐ思いだす。  僕が途中で聞いた奴か。 「今頃かい?」 「まぁまぁ。 で、さっきの質問ですが、まだ答えていませんでしたからね」 「そうだね」 「私が言う前に、答えを言える自身はありますか?」 「僕がかい?」  うんと頷かれた。 「当然、ないね」 「そうですか……」  一瞬、残念そうに見えたのは気のせいだろうか?  それとも彼女の能力だろうか? 「何でかと言いますとね」 「店主さんとあの道歩いてみたかったんですよ」  …………  ん? 「ちょっと待ちたまえ」 「はい?」 「その言葉、どこかで聞いた気がするな、どこだったか……」 「……はぁ」  なんかため息を吐かれてしまった。  しかしどこか引っかかるな。  それにしても 「鈴仙君」 「はい?」 「その言葉に、意味はあるのかい?」 「え、何がですか?」 「僕と歩きたいというやつにだ」 「…………はぁ」  先ほどより重いため息を吐かれてしまった。  僕にはサッパリわからない。 「これは当分無理ですかねぇ」 「なにがだい」 「なんでもないですよ」  今度はそっぽを向かれた。  拗ねれらてしまった。  ……正直、どうしてだか見当付かない。  何がどうなっているのだろうか、僕は何か悪いことを聞いてしまったのだろうか? 「まぁ、焦ることも無いですかね」 「だから、何をだい?」 「気にしないでください、独り言ですので」 「随分と大きな独り言だね」  僕の言ったことには答えずに、ん〜っっと大きく伸びをした。  そしてこっちを見て言う。 「さてと、じゃあ早いところ師匠のところに行きますか」 「まだ散歩するのかい?」 「そうですね。ゆっくり行きましょうよ」  そう言って、また先行して歩き始める。  まぁ、たまにはのんびり散歩をして過ごすのも悪くは無いかな。  前の方から竹林に置いて行きますよ〜と物騒な声が聞こえる。  それに返事をしてから、僕も歩き出す。 「また、二人で歩きましょうよ」 「……竹林で放置しないならね」  ごくごく自然に、まるでそう返すのが当然のように、僕の口から言葉が出た。